わたしたちのコンセプト


創業の背景

すべては日本料理店”浅草おと”から始まった


株式会社スワンブリッジパートナーズは、浅草は公園六区にある日本料理店”浅草おと”を始めるに当たり、出資者からの出資金を資本金として適切に管理・運用していくためのエンティティとして設立しました。当初は、現在のように幅広い事業展開を行ってはおらず、あくまでも”浅草おと”を保有、運用、管理することのみを営む会社でした。

 
”浅草おと”は、現在、浅草の国際通り、浅草ビューホテルの反対側(花やしき側)にあります。一階がカウンター中心、二階が床暖房完備で無垢の木を敷き詰めた座敷になっており、40席ほど、完全禁煙のお店です。店長・料理長の空閑が創る料理は、素材の良さを最大限に引き出したお出汁をベースとしており、浅草では珍しく関西風、薄味の料理を出させていただいております。素材が持つ素晴らしい香り、旨味を引き出しつつ、そこに寄り添う日本酒を取り揃えています。

 
いらっしゃるお客様も非常に特徴的で、東京の中心にお勤めされる方はもちろん、地元出身で合羽橋等も含めて商いをされている方、料理研究家の方、お坊さま、ベンチャーを立ち上げた若い起業家の方々と非常に多様で、失礼な言い方になるかもしれませんが、面白い方々がいらっしゃります。かと言って常連の方だけかというとそういうことでもなく、新しくいらっしゃる方との出会いによる、ある種の刺激も提供できているのではないかと思っております。

説明が長くなりましたが、では、なぜ”浅草おと”を立ち上げが最初にあったのでしょうか。

 

 

”浅草おと”を立ち上げた背景


創設メンバーの1人である寺村は、株式会社スワンブリッジパートナーズを設立した2013年6月からやや遡った2013年3月末まで、株式会社野村総合研究所のコンサルティング事業本部に所属し、現地法人の経営層として、かつ日本と中国をブリッジする戦略系コンサルタントとして上海に駐在していました。

 
そこで日本人と中国人とが関わる様々なプロジェクトを遂行する中で、ある時に強い意思が生まれたことに気づきました。それは、「日本人が外国に出ていって心や身体を犠牲にしてガムシャラに仕事を”教えて、リードする”時代は終わった。むしろ現地の人たちがどれだけ楽しく、前向きに働くことができるか、生きていくことができるか、そこにこそポイントがあるのでないか」という想いです。

 
日本企業は中国においても、日本のやり方を変えることなく、それが故に欧米企業と比較しても事業が成功する確率が低く、成功したとしてもその果実は小さいということを少なからず目にしました。では、日本のやり方が問題なのでしょうか?問題の本質はそこにはありません。日本人が他のやり方を知らないこと、さらに、知らないということを前提に、相手のやり方を理解した上で、議論をしようとしないことにありました。

 
日本は島国にある国家であり、他国からの侵略をほとんど受けてきていない、平和な農村国家であったが故に、均質な民族、宗教、価値観、商習慣が生まれ、他人が自分と異なるということに対する意識が希薄化し、「違いに触れることによる楽しみ」から離れてしまっていたのです。中国には、「朋有り遠方より来たる、また楽しからずや」ということわざがありますが、日本人も本来、多様なものを貴み、それを喜びとしていたはずです。しかし、近代化、高度経済成長を経験する中で、その本質が少しづつ失われていきました。

 
メンバーの1人である畑谷、そして初期段階の出資者の1人と寺村の3人は、皆何かしらの海外との繋がりをもっていました。3人で夜な夜なこの問題について話し合いました。どうすればこの問題に対して一石を投じることができるのだろうか?と。

 
寺村は、当初、外国人留学生を中心メンバーとした戦略系コンサルティング会社の立ち上げを企画していましたが、2013年11月、”場”を創ろうということでコンセプトがまとまりました。ちょうど同じ時期に”和食”がユネスコ世界文化遺産に選ばれたことを受けて、日本料理屋を創ろうということになりました。外国人も含めて様々な人たちがやってくることはもちろんのこと、浅草に古くから住む人たち、寺村や畑谷を含めメンバーの友人や仕事上での関係者が集い、素晴らしい食事とお酒を楽しみつつ、語り合い、そこから何か新しいモノやコトを生み出していける”場”を創ろう!と。

 
そうしてできたのが、株式会社スワンブリッジパートナーズとしての最初の事業である”浅草おと”でした。

コンセプト

熱量、求心力、継続性を伴う”場”づくり


わたしたちは、世の中を良くすることができる付加価値とは、すなわち圧倒的な熱量で立ち上がり、中心に行けば行くほど強い引力が働いていて、かつ継続的にビジネスとして価値を生み出し続けることができるモノでありコトであると考えています。例えそれがどれほど不格好に立ち上がってきたとしても、です。むしろ、このような価値を創出するイノベーションは、常識的な観点から見た不格好さから生まれてくるのだと思います。

 
弊社の立ち上げメンバーは、生まれた場所、環境、育ち方、社会人になってからのキャリアパス、どれをとっても文脈の異なる3人です。しかし、その3人が大きな意味で同じ方向を見ることができた上で、圧倒的な熱量を持っていたというところから”浅草おと”というコトがスタートしています。強い熱量を持った多様な人間が集まったからこそだと思っています。

 
そして、ここが肝心なのですが、圧倒的な熱量は立ち上げ段階では有効に機能しますが、その後の運用段階はそう簡単にはいきません。”浅草おと”も色々なことがありました。飲食店の経営・運営をやったことがない人間が集まってトラブルなく進むような甘いものではありませんでした。

 
メンバー同士でぶつかること、信頼関係が崩れそうになること、色々なことがありましたが、それでもやってこれたのは、最後の最後で相手を信じていたということです。お店のスタッフも含めて、ギリギリの中での信頼関係があったからこそ破綻することはありませんでした。このことが現在の”浅草おと”の魅力であり、お客様から見ても強い求心力になっていると自負しています。

 
もう一つ、どのようなかたちでも構わないので、とにかくビジネスとして成立しているということの重要性です。当たり前のことですが、お金が回らなければモノ・コトを継続することはできません。”浅草おと”が経営として成り立つまでは非常に時間がかかりました。もちろんその間はメンバーとして多少の出血を続けてきました。しかし、それでも継続できていたのは、”浅草おと”という”場”があることによって、メンバーたちのビジネスが良い方向に回ったからです。”場”を持つ力、求心力によって、新たな付加価値がそこから生まれていったということです。そこで生まれた価値が再び”場”に還流し、”場”の底力が上がる、という大きな目で見て良い循環が回り始めたのです。これが今の弊社の事業であり、皆さまに提供できるノウハウのプロトタイプです。

 
しかし、このノウハウは、立ち上げ当初から分かるものではありません。熱量だけでは進まないモノやコトが、世の中の目につかないところで今日もいくつも消えてなくなっているのかもしれません。モノ・コトの消滅だけでなく、結果として熱量の火まで消えてしまうことは本当にもったいないことです。わたしたちは、そういったモノ・コト、そしてヒトを支援するだけのノウハウを経験値として蓄積し、体系化しました。

 

”3D”フレームワーク


熱量を持ったヒトが、圧倒的な求心力を、継続的に発生し続け、付加価値を生んでいくために必要となるスキルセットを、弊社では”3D”としてフレーム化しています。”Design”, "Dimension”, ”Digital”の3つの頭文字のDを集めた概念です。

 

Design

良いデザインとは?高い熱量を持ったヒトたちの原体験を事業コンセプトとどう結びつけるか。どのようにそのヒトたちの役割を明確に定義し、補完関係を創り上げるか。そのコンセプトを実現するための”場”をどう定義して、実現に向かうか。その”場”、すなわちコトをどのようにお客様も含めたステークホルダーに対してコミュニケーションをしていくか。この全てをデザインすることが本質です。

 

Dimension

新しいモノ・コトは、以前からあるレガシーと必ずどこかで衝突する側面が生じます。社内新規事業の中でどのようにその案件を通していくか。地域コミュニティの中でどのようにして受け入れられていくか。ステークホルダー同士での矛盾をどのように解決していくか。創業メンバー同士での熱い想いをどのようにコンセプトの中に着地させていくか。感情と理性を切り分けて、冷静にモノ・コトを客観的なフレームワークの中に整理していくことが、片方で重要になります。

 

Digital

アナログな社会を前提として上での手段としてのデジタル。アナログとデジタルを両輪として持つ視点です。デジタルを活用することによって、新しいモノ・コト、”場”を応援してくれるステークホルダーと着実なコミュニケーションをとることができ、強いエンゲージを生み出すことが可能になります。インターナル(スタッフや内部ステークホルダー)、エクスターナル(お客様やコミュニティ)を問わず、デジタルを活用して幅広くコミュニケーションをしつつ、アナログ(リアル)で強いエンゲージを獲得する。結果としてもたらされる高い付加価値が、社会に富を生み出します。